――第六十二回メフィスト賞受賞作『法廷遊戯』。メフィスト賞に、また新たな才能が登場しました! 読めば読むほど傑作に間違いないという思いが強くなりまして……多くの小説に造詣の深い書店員の皆様にお読みいただく、刊行前座談会を企画いたしました。お集まりいただきありがとうございます!
内田 剛(以降、内)よろしくお願いします。僕は、『法廷遊戯』というタイトルを一目見て、法廷ミステリーというジャンルに詳しい宇田川さんがまずどう読まれたのか、気になっていました。
宇田川拓也(以降、宇)ありがとうございます。詳しい、というわけではないですが、たしかに大好きです。
――いかがでしたか?
宇素晴らしい、じつに見事な作品でしたね。法廷物のとっつきにくさの原因の一つに、メインとなる法廷シーンのやり取りや手続きの描写がどうしても専門的かつ単調になってしまう、ということがあるんです。その点、『法廷遊戯』は、個々のエピソードや登場人物が魅力的に描かれていて、まったく単調にならない。法廷に至るまでの物語も筋の枝葉までがしっかり描かれていて、大いに読ませるんです。
内「枝葉」の描かれ方、とてもいいですよね。登場人物同士の関係性が浮き彫りになったり、予想外の展開を仕込んでいたり。墓荒らし・権田の事件の真相には、とても驚かされました。
宇中心人物は、ロースクールに通う三人の若者ですが、何でも屋や墓荒らしといった年齢層が上の人物も登場します。彼らのような、社会の片隅や裏側でひっそりと暮らす人物を魅力的に描いている。それこそまるでピカレスク小説のような、ダークな気配が漂っているんです。
川俣めぐみ(以降、川)脇役の人たちを主人公にして、それぞれの小説が書けそうなくらいでしたよね。
内そうそう、しかも、個々のエピソードがクライマックスに向けて、物語の本筋にしっかりと絡み合うんですよね!
宇ミステリーとしての美点を挙げるなら、まず第一部「無辜ゲーム」ラストシーンの衝撃ですね。そこから終盤への展開も、ものすごく巧みでした。そして、第二部の結末、あのインパクトある一行を、ぜひ読んでいただきたいです! 僕はもう、ただ読者として惚れ惚れしてしまいました。いい小説に出会うと、「どう売ろうか」ということよりも先に、そういう気持ちでいっぱいになるんです。
――ありがとうございます!
宇ラストの着地が本当に見事で、「うおーっ!」と声を上げたくなりました。
内最後の最後まで、正攻法で書き上げられていますよね。余計な小道具を使うことなく、まっすぐに読ませてくれる小説です。
川お二人とも、とても熱いですね……! でも本当に、すごく面白かったです。キャラクターがみんな際立っていて、私は特に、ロースクール一の秀才・馨の物語をもっと読みたいなと思いました。それこそ、シリーズ物の主人公にできそうなキャラクターです。
内主人公の清義が偶然出会う、女子高生・サクもいいキャラクターですよね? 彼女も、その後が気になる人物の一人です。最初は単なる一エピソードだと思っていた痴漢冤罪のエピソードが、「えっ、そこに繫がるの!?」という驚きがありました。エピソードの使い方と繫げ方がすごい。ただならぬ小説ですよ、これは!
宇主要キャラクターが背負っているドラマは……結構重いんですよね。
内そう! 重くて、切ない過去が……。平凡な家庭や当たり前の環境から外れてしまった人たちの姿が描かれているというところも、読みどころの一つ。さらに、その人間同士の関係性がすごくいい。
――礒部さんはいかがでしたか? いつもお会いする時よりも憔悴されているような……?
礒部ゆきえ(以降、礒)はい、なんだか……とっても疲れまして……。
内わかります!
礒わかってくださいますか……! めっちゃ疲れました!(笑) 以前、朝井リョウさんが、「読み飛ばせてしまうところのない作品にしたいと、常々思っている」と仰おっしゃっていて、その言葉がとても印象に残っていたんです。この『法廷遊戯』もまさに、読み飛ばせなかったですね。めっちゃ疲れて、それでも途中で止められなくて、脳みそヘトヘトになりながら読みました。
内一頁ページどころか一行たりとも、読み飛ばせないんですよね、この小説って!
――礒部さん、プルーフ(校正刷り)のページの端をたくさん折ってくださっていますね。
礒最後まで気を抜けへんなぁと思って、気になるところを折ったらこんなことに。でも、終盤は、じつは折るのが間に合わないくらいに、一気読みでした。ミステリーとして楽しみながらも、考えさせられるところが多くて……。読み応えがあって、本当、ヘトヘトに疲れました……(笑)。でも、読んでよかったです!
宇著者は、二十九歳なんですよね。リーガルミステリーというジャンルから、これだけ若い新人作家が出るのも珍しいのでは? メフィスト賞の新たな色合いを見られたような気がします。
内法律に関連した専門用語も数多く出てきますが、読んでいて不思議とストレスがない。逆に、分かりやすくてためになるというか……。裁判の裏側や、弁護人と被告人、弁護人と検察とのやり取りがリアルで面白いです。
川それって、説明が、説明文になってしまうことなく、きちんと小説だからですよね。すんなり入ってくるのって、すごく技術が必要なことだと思います。
宇さらにテクニカルな話をすると、第一部で「無辜ゲーム」という、この小説オリジナルのゲームを提示することで、法廷という、読者にとって特殊な空間を、身近に感じさせてくれています。ゲームそのものの作りこみもすごい。三人の学生が、告訴者、被告人、審判者にわかれて、模擬法廷の場で、互いに特定の罪について有罪・無罪(=無辜)を検証するのですが、緊張感があるんです。
川学生同士の「無辜ゲーム」も面白い設定ですが、そのまま続くわけではない、というのも新鮮でした。
内第一部と第二部の切り替えが鮮やかですよね。第一部の冒頭で、まず「無辜」という言葉の説明から入る。それこそ辞書の表記のような。「おっ!」と興味をひかれますし、わかりやすい。さらに作中で、無辜という言葉を知らないキャラクターが、「ムコって? お婿さん?」なんて話すくだりがあって(笑)。真面目ばかりの登場人物たちではなくて、ユーモラスかつ人間くさいところも描かれているところが素晴らしいです。 第一部のラスト、天秤のチャームが揺れる描写は、正義と悪の間で揺れることの暗喩ですよね? このシーンを読んでいるときに、僕は木槌が高らかに鳴る音が聞こえた気がしましたよ!
――わかります。第一部を読み終わった瞬間に、メフィスト賞座談会に上げようと思いました!
内そして、第二部の冒頭で、「僕が初めて死に触れたのは、中学三年生の夏だった」という一文から、主人公の過去が語られます。このエピソードが、過去・今・未来を貫いていて、見事すぎて、ゾッとしました。面白い小説って、読み手の体験や記憶まで呼び起こすんですよね。自分のあの思い出は、もしかしたら罪深いことだったんじゃないかな、とか……。
礒情報の出し方や順番も、とてもうまいなと感じました。一気に説明してしまうのではなくて、抑制が利いています。
宇まるでモザイク処理された映像が次第にはっきり見えてくるような読み心地でした。「こういう物語だったんだ」「こういう人物だったんだ」と、良いタイミングで気が付かされる。読み手の興味の引き方が抜群にうまい。達者すぎて、デビュー作とはとても思えない!
内本当に、デビュー作なんですよね?
――はい。一九九〇年生まれの二十九歳で、弁護士を目指す現役の司法修習生です。
宇才能のある人って、いるものですね……!
内司法試験に受かって、小説も書ける……。なにか、あまり格好良くない弱点を探してほしい(笑)。野菜が食べられない、とか。
――内田さん、その通りです! あまり好きじゃないと言っていました。なぜお分かりに……?
内たまたまです!(笑) でも、食に関する記述は、もしかしたら少ないかもしれません。
――それでは最後に、『法廷遊戯』をどんな読者の方にお勧めしたいですか?
内まずはやはり、ミステリー好きな方、にお勧めしたいですね。そして、リーガルミステリーというジャンルを毛嫌いしていた方にとっては、『法廷遊戯』はいい入り口になりますし、評論家のような、数多リーガルミステリーを読んできた方にも、受け入れられると思います。
川そうですね……、ミステリーファンの方にも、ですが、私は、人間ドラマがお好きな方にもお勧めしたいです。そして、法廷劇を難しいと思っている人にこそ読んでほしいです。
礒そうそう。私、「リーガルミステリー」とだけ言われても、あまり興味がわかない方なんです。でも、この小説はそういう方々にも、「まず読んでみてください。面白いですよ!」とお伝えしたいです。
宇それぞれの好みはありますが、すごい才能が出てきた、というところは、一致するはず。この才能を認めない人はいないでしょう、絶対! あとは、リーガルミステリーって、どうしても弁護士や検事、大人がメインの物語になりますが、『法廷遊戯』は若いキャラクターたちが中心となって登場しますよね。だから、十代、二十代の読者にこそ強くお勧めしたいです。まずはとにかく読んでみてもらって、その時には「リーガルミステリー」というジャンル名を知らなくても、いずれどこかでふと「そうか、〝リーガルミステリー〟って『法廷遊戯』みたいな作品のことか」と気がつくのも素敵なのでは? この『法廷遊戯』が、たくさんの若い読者にとって、「初めて読んだ、『法廷』や『裁判』が登場するエンターテインメント」になったら、理想的じゃないでしょうか。
書店員さんのコメント 記
法廷の場で裁くにはあまりにも重すぎる三人の若者の運命は、最後の最後にバラバラの道を選んだけれどお互いの想いは真実だと思う。
──くまざわ書店南千住店 阿久津武信
森博嗣さん大好きなので、どれどれ…という気持ちで読み始めたのですが、圧巻でした。失礼なこと思ってすみませんでした……!
──ビッグワンTSUTAYAさくら店 阿久津恵
あぁ、疲れたぁー! 脳ミソ、ヘトヘトです。皆さん、最後まで気抜いたらあきませんよ! これがデビュー作だなんて、正直、オドロキです。
──旭屋書店池袋店 礒部ゆきえ
メフィストが、また凄いルーキーを掘り当てた! 新人離れした、多彩な球種・配球に驚愕動転。ミステリー界、一軍入り間違い無し。
──大垣書店豊中緑丘店 井上哲也
瞠目すべき逸材現る! 知的遊戯、ピカレスクロマン、家族小説、法廷劇といった様々な要素を編み合わせ、罪と罰、制裁と救済を問う、極めて非凡な筆致を見逃してはならない。
──ときわ書房本店 宇田川拓也
めっっっっちゃおもしろかったです!! えっ、本当に新人さんなんですか?! 何重にも伏線が張られていて最後の最後まで目が離せなかったです。久しぶりに、素直に「おもしろい!」と推せる作品に出会えました!
──明屋書店厚狭店 小椋さつき
感想は一言「こんなラストある? 読み終えたのに全然話、終わらんやん!」です。
──大垣書店ビブレ店 金本里美
無罪と冤罪。制裁と救済。天秤が傾くのはどっちなのか最後まで気を抜けない物語。法廷劇をむずかしいと思ってる人(わたしもその一人です)にこそ読んでほしい。ミステリとしても人間ドラマとしても傑作です!!!
──紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみ
有罪率90%以上の日本の刑事事件を逆手に取る真実には圧倒されます。また主要登場人物3人のそれぞれの背景が明らかになるにつれ、真相が迷走しさらに袋小路に導かれていくようです。「人」が「人」を裁く難しさを極上のエンタメとして昇華させた作品。
──明林堂書店南宮崎店 河野邦広
法廷遊戯というタイトルから連想したのは、検察と弁護人の手に汗握るやり取りかと思いましたが、まさか被告、被害者、弁護人による社会で司法と冤罪について考えるように促す作品とは思いませんでした。弱者が救われる社会であってほしいと願います。
──福家書店木の葉モール橋本店 小寺恵理奈
最後まで読んで、ああ最後の最後にこんな結末が用意されているなんて、と息をつきました。目には目を、同害報復は寛容の論理、私も感心してしまうほうでした。しかし切ない……。
──真光書店本店 小林麻佳
法律を武器にしたスゴい作家が現れた! 東野圭吾さんの『容疑者xの献身』を彷彿とさせるミステリー。
──紀伊國屋書店仙台店 齊藤一弥
圧巻のデビュー作です! 法廷モノとしてもミステリーとしても傑作だと思いました。読み終わった後に「おもしろい小説を読んだ!」という充実感があり、何より、なんだか賢くなった気がしました!
──ブックスタジオ大阪店 渋谷宙希
大人って、信用できないもんだなぁと改めて思う。でも、だからこそ自分は信用できる大人でありたい。難しいですが。大人たち、もっとちゃんと生きていこう。子どもを守れる大人でありたい。
──ブックセンタージャスト大田店 島田優紀
""無辜ゲーム""でしっかりと心をつかまれました。正義とは、罪とは何か問われている気がしました。
──ジュンク堂書店松山店 竹本未来
最後まで予想のつかない展開の問われるセイギ。弁護士と被告人、そして被害者の、どの立場になっても考えさせられる描写は圧巻。それぞれが守りたいものは何なのか……その目で確かめて感じて欲しい。
──三省堂書店名古屋本店 田中佳歩
メフィスト賞の新人、レベル上がりすぎでは。次は何が起こるのかと気が急いて、血眼で完走してしまった。あまりにも切実な3人それぞれの正義は、どんな形であれ美しかった。
──ジュンク堂書店吉祥寺店 田村知世
法学の解釈と社会一般での罪のとらえ方、扱い方の違いで様々な認識のズレが起こり、それによって罪の軽重や犯罪の認定の差が出ることが、読者に対するトリックにもなっていて、様々な読み方のできる驚きを持った一冊。
──正文館書店 鶴田真
人の罪を裁けるのは、その法律を作った人間でしかありえないが、与える罰は制裁であってはならないと思う。登場する犯人たちは、犯した罪を悔悛することはあるのだろうか。
──書泉グランデ 中冨美子
無罪と冤罪、罪と罰、救済と復讐、同害報復、法律について、何が善で何が悪なのか考えさせられる物語でした。被害者の意図が見えずに展開される法廷でのスリリングな公判、バラバラに散らばったピースがみえない線で繋がっていく様がとても面白く、ぐいぐい引き込まれて夢中で一気読みしました!!
──ジュンク堂書店名古屋栄店 西田有希
この作品がデビュー作とはとても思えない骨太さ!! 1ページ目からぐいぐいひきこまれ、一気読み。法廷ものは難しいんではないかという読みも見事に裏切られました。人間の複雑さ、それ故の葛藤、罪と罰について、読了後も様々な感情がうずまいています。すごい作家が現れた!! と声を大にして叫びたい!
──ブックランドフレンズ 西村友紀
久しぶりの一気読み小説。読みながら動機が激しくなる。先が知りたい、謎の意味を知りたい。頭と心、そして身体が全体が興奮する。そう、まさにこれはアドレナリン放出小説だ!
──精文館書店中島新町店 久田かおり
またメフィスト賞がやってくれたな! 前半の「無辜ゲーム」でも十分論理展開で楽しめたのに、後半にかけての怒涛の展開……。法廷もの大好きなので、それだけでもおなか一杯ですが、さらに泣かせるところが心憎い。
──精文館書店本店 保母明子
最初から最後まで、一切無駄がない。「あの1ページ、あの一文にはそういう意味があったのか」読後に明かされるキーセンテンスの波、波、波。それゆえ、どんどん物語に吸い込まれていく。五感も喜怒哀楽も持っていかれる感覚。まるでアカデミー賞クラスの映画を観たような読書体験ができる一冊です。
──喜久屋書店千葉ニュータウン店 堀一星
ページを開いた最初から最後まで、こんなにも脳をフル回転させて読んだ作品は初めてです!! 一瞬も見逃せない圧巻の法廷ドラマに息をのみます!! ラストの一文に……震えました!!
──紀伊國屋書店福岡本店 宗岡敦子
法廷劇の難しさと面白さ。手のひらの上で二転、三転とコロコロ転がされて、落っこちないように踏んばるのが大変でしたが、面白かったです。
──鹿島ブックセンター 八巻明日香
新人天才作家が仕掛ける〈天秤〉に、いつのまにか自分の脳も載せられていた。ノンストップの迫力で、読後放心! まったく予想できなくて、息がつけなくて、家族を絡めた感情が飛び交い、こんなにすごい遊戯に本という媒体を通して参加して、くたくたになった! 惜しみなく拍手を送りたい、令和のスタオベミステリーです!
──うさぎや矢板店 山田恵理子
軽々しくエンタメと言ってしまうのは抵抗がありますがとにかく面白かったです。
──書泉ブックタワー 山田麻紀子
この著者何者! 逸材現る! 油断できない、もう翻弄されて息もつかせぬ展開に読む手が止まらなかった。法と制裁と救済、大変重いテーマをはらんだミステリーで重みがあり、深く心につきささった。
──ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理
それぞれの思考、決断が強い説得力を持って迫ってくる。そして馨の思考、推測。罪と罰、無辜と冤罪、そして天秤。頭をフル回転させながら気づけば一気読みでした。
──文真堂書店ビバモール本庄店 山本智子
対的な判断が万人を救う真実であるとは決して限らない。その両方と狭間を容赦なく切り刻む様子に胸が詰まる。そしてそれでも信じる何かとは? この本によって驚くべき才能が誕生した。
──大盛堂書店 山本亮
重厚な人間ドラマにグイグイ引き込まれ、2部にはいってからは一気読み。先が気になってやめられない。頭を使って読んで、疲れるけど気持ちいい。結末がどうなるかまったく想像つかなかった。
──宮脇書店ゆめモール下関店 吉井めぐみ
息をするのを忘れる位ただひたすら読みました! 法廷という場での証言、それに対する返論のぶつかりあいがとても気持ち良かったです。
──岩瀬書店富久山店 吉田彩乃
裁判に抱いていたイメージは曲線のすきが入らない一直線でした。読み終わったら、単色ではなく、多色。濃淡ありの、うねった線ができあがった気がします。
──文教堂北野店 若木ひとえ
本当に新人らしからぬ文才!! 法学部がある当店でもお手に取る人がいると思います。
──名古屋大学生協南部生協プラザ 渡邉典江